不動産販促資料は「デザイン」より「ディレクション」で決まる

前の記事「募集資料は最初にベストを尽くす」では、募集開始時から写真、図面、物件の特徴、使い方、弱点まで整理し、物件の価値が正しく伝わる状態で市場へ出すべきことを書きました。
また、資料作成を任せても、見せ方や方向性に対する責任は営業担当者にある、という基本的な考え方も示しました。
今回の記事は、そこからさらに一歩進めて、
では営業担当者は何を決め、デザイナーに何を任せるべきなのかを具体的に掘り下げる続編です。

Table of Contents

募集資料を最初から整えれば、それで十分なのか

前の記事「募集資料は最初にベストを尽くす」では、不動産の募集を始めるとき、暗く歪んだ写真、分かりにくい図面、最低限の物件概要だけで市場へ出し、反響がなければ後から資料を整えるという、業界で長く行われてきた順番について書きました。

募集資料は、決まらないから後から整えるものではありません。最初から物件の価値が正しく伝わる状態をつくり、そのうえで市場の反応を見るべきです。写真、図面、物件の特徴、使い方の可能性、弱点の整理まで行った資料で募集を始めれば、反響が弱かった場合にも、賃料が高いのか、条件が合わないのか、ターゲットがずれているのか、それとも物件自体に改善すべき問題があるのかを判断しやすくなります。

しかし、募集資料を最初から綺麗に整えれば、それだけで物件が決まるわけではありません。プロカメラマンに写真を撮ってもらい、プロデザイナーに紙面をつくってもらえば、必ず決まりやすい資料になるわけでもありません。

不動産販促資料の成否を最終的に左右するのは、表面的なデザインの巧拙ではなく、その前段階にあるリーシング戦略とディレクションです。誰に貸したいのか、誰に売りたいのか、その物件の何を価値として伝えるのか、どの弱点をどう扱うのか、競合物件と比べたときに何を前面に出すのか。それを決めずに、写真と物件概要だけをデザイナーへ渡しても、「綺麗な資料」はできるかもしれませんが、「決まる資料」になるとは限りません。

デザインの素人でも、基本を守れば綺麗な資料はつくれる

不動産の販促資料には、一定のデザイン品質が必要です。文字の大きさに強弱をつける、余白を適切に取る、写真の大きさや位置を揃える、色を使いすぎない、情報を詰め込みすぎない、見出し、本文、注記、条件欄の役割を整理する。こうしたデザインの基本を守るだけでも、資料はかなり見やすくなります。

デザインの経験がない営業担当者でも、基本原則を学び、一定のルールに従えば、普通の賃貸募集資料や一棟ビルの販売資料を、十分に綺麗にまとめることはできます。

さらに、これからはAIの機能が急速に進化し、ある程度のところまではAIツールが作ってくれる時代に突入しています。
やがて、今はまだ80点くらいのデザインクオリティが、90点以上のところまで整ったものができてしまい、それを少し手直しすればそのまま使える、という時代も、目の前に迫っています。

もちろん、プロのデザイナーは、生成AIでは整えきれない、美しい文字組み、レイアウト、写真の扱い、色彩設計、印刷物としての完成度など、専門家にしかできない細部まで整える技術があります。

しかし、普通の賃貸募集や一棟ビルの販売資料に、分譲マンションの販売カタログのような、凝ったデザインフレームが常に必要なわけではありません。
本来の主役は、紙面のデザインではなく物件です。装飾が強く、紙面そのものが目立ちすぎれば、物件写真、図面、条件、立地、設備といった、本当に見てもらうべき情報が埋没します。

不動産資料は、デザインを鑑賞してもらうための作品ではありません。借り手や買い手が、その物件を検討するかどうかを判断するための営業資料です。だから、単純で整理された紙面のほうが、派手に装飾された紙面よりも効果的な場合があります。大切なのは、デザインが豪華かどうかではなく、読み手にとって必要な情報が整理され、物件の魅力と判断材料が正しく伝わるかどうかです。

営業担当者が募集資料を「つくる」という意味

募集資料は、営業担当者やリーシング責任者が責任を持ってつくるべきです。
ただし、ここでいう「つくる」とは、営業担当者がIllustratorやPhotoshopを使い、写真補正から文字組み、レイアウト、印刷データの作成まで、すべて自分で行うという意味ではありません。

資料の見栄えを整えること、写真を補正すること、図面を描き直すこと、紙面をデザインすることは、必要に応じて専門家へ任せればよいのです。営業担当者がつくるべきなのは、資料の設計図です。

誰に貸したいのか、どの業種を狙うのか、どの企業規模に向いているのか、何を物件の価値として伝えるのか、どの写真を大きく使うのか、図面で何を示すのか、競合物件と比較したときの違いは何か。何を載せ、何を載せないか、どの順番で見せるか、どの弱点を先に説明し、どの弱点は補足情報として扱うか。こうした内容と構成を判断し、決めることが、募集資料を「つくる」という意味の本質です。

デザイナーに資料の制作を任せることと、資料の方向性まで丸投げすることはまったく違います。営業担当者がリーシング戦略と要件を示し、デザイナーがそれを読みやすく、美しく、伝わりやすい形へ可視化する。それが本来の役割分担です。

不動産営業には、極めて特殊なノウハウが必要である

不動産営業は、一般的な商品販売や広告マーケティングとは異なる、極めて特殊なノウハウを必要とする仕事です。一般の商品であれば、商品の特徴を整理し、ブランドイメージをつくり、魅力的な写真やコピーで購入意欲を高めるというマーケティング手法が使われます。

しかし、不動産は最終的に現地を見て判断されます。賃貸オフィス、店舗、一棟ビル、収益物件は、資料だけで契約が決まる商品ではありません。資料でどれほど魅力的に見せても、立地、建物、設備、周辺環境、室内の使い勝手、工事費、契約条件など、現実の条件は内覧や調査の段階で必ず確認されます。

そのため、不動産販促資料では、期待を高めれば高めるほどよいとは限りません。物件の現実を無視して期待だけを高めれば、現地を見たときの落差が大きくなり、むしろ印象を悪くします。

不動産営業を経験していないデザイナーが、普段使っている広告やブランディングの考え方だけで、綺麗で格好良い資料をつくっても、それだけでは物件は決まりません。なぜなら、デザイナーが知らないところに、物件が決まりやすい理由、決まりにくい理由、借り手が最後に迷う理由、仲介会社が紹介をためらう理由があるからです。

分譲マンションの販売カタログは、実は方向性を決めやすい

分譲マンションの販売カタログには、高度なデザイン技術が必要です。写真、完成予想CG、コピー、紙質、印刷、モデルルーム、ブランド設計まで含めれば、制作物としては非常に大がかりです。

しかし、デザインスキルや制作技術の難しさとは別に、広告として向かう方向は比較的分かりやすいものです。完成後の豊かな暮らしを描く、建物のブランド価値を高める、共用施設、眺望、内装、周辺環境を魅力的に見せる、理想的な生活シーンを提示し、購入後の暮らしに憧れを持ってもらう。一棟に多数の住戸があり、同じプロジェクトとして多くの住戸を販売するため、ターゲットや世界観もある程度統一できます。

もちろん、分譲マンションの販売が簡単だという意味ではありません。ただし、広告として何を魅力的に見せるかという方向は、一般の賃貸募集や一棟ビルの販売資料よりも設定しやすいのです。

既存の賃貸物件や一棟ビルは、必ずしも見栄えのする商品ではありません。古い外観、暗い共用部、癖のある間取り、狭い間口、不利な立地、古い設備、使いにくい水回りなど、さまざまな弱点を抱えています。その現実を隠さず、誰にとってなら価値があるのかを見つけなければなりません。

魅力的な商品を、さらに魅力的に演出するのではなく、一見すると目立たない物件の中から、特定の借り手や買い手にとっての価値を発見し、正しく伝える仕事です。この点で、普通の賃貸募集資料や一棟ビルの販売資料は、見た目以上に難しいのです。

見栄えのしない物件ほど、デザインで隠されやすい

特別に見栄えのする物件ではない場合、販促資料を営業戦略の説明もなくプロデザイナーへ任せると、起こりがちなことがあります。紙面全体を派手にデザインし、実際の物件写真を小さく配置し、デザインの中に埋没させることです。

デザイナーとしては、報酬を受け取って制作する以上、格好悪い資料にはしたくありません。しかし、外観や室内が特別に美しい物件でなければ、その写真を大きく使って、華やかで印象的な紙面をつくることは難しくなります。

だからといって、見栄えの悪い物件を実物以上に綺麗に加工すれば、誇大な表現になりかねません。古い建物を新築のように見せる、実際より広く見せる、暗い室内を不自然なほど明るくする、存在しない設備や眺望を加える。そのような加工はできません。

そこで、実際の物件写真を小さくし、物件そのものを目立たせないようにして、色、装飾、タイポグラフィー、イメージ写真などで紙面を埋める方向へ進みます。紙面としては綺麗でも、本来主役である物件が、デザインの背景になってしまいます。

これは、デザイナーが悪いという単純な話ではありません。営業担当者が、物件をどう見せるべきかという方針を示さず、デザイナーに「格好良い資料をつくってください」としか依頼しなければ、デザイナーは自分の専門であるデザインによって完成度を上げようとします。その結果、営業資料ではなく、デザインとして見栄えのする紙面ができるのです。

生成画像で架空の入居後イメージを埋める危うさ

現在では、生成AIによって、架空のテナントが入居した後のイメージを簡単につくることができます。おしゃれなカフェ、洗練されたオフィス、ショールーム、クリニック、美容室、スタジオなど、さまざまな用途の完成イメージを短時間で生成できます。

見栄えのしない物件写真だけでは紙面が地味になるため、こうした画像を大量に生成し、資料を華やかにすることもできます。しかし、その画像が実際の物件の寸法、天井高、窓、柱、間口、奥行き、水回り、給排水、排気、電気容量などを反映していなければ、営業資料としての意味はほとんどありません。

単に理想的な店舗やオフィスの画像を掲載しても、その物件で本当に実現できるのか、借り手には判断できません。むしろ、資料の中だけに理想的な世界をつくり、現物との差を広げることになります。

生成画像が悪いのではありません。問題は、何のために使うのかというディレクションがないことです。

この問題は、生成AIが登場する前からあった

実際には、この問題は生成AIが登場してから始まったものではありません。生成画像がない時代にも、有料ストックフォトを使って、実際の募集物件とは関係のない洗練された空間で紙面を埋める資料は数多く存在しました。

外国人が働く先進的なオフィス、明るく開放的な会議室、緑の多いラウンジ、洗練されたカフェ、楽しそうに働く社員。紙面の印象は良くても、そこに写っている空間は、募集している物件ではありません。物件の実態を伝える代わりに、別の場所で撮影された理想的な雰囲気を借りてきていたのです。

生成AIは、その手法をさらに簡単に、自由に、低コストで行えるようにしただけです。以前は、ストックフォトの中から近いイメージを探す必要がありました。現在は、希望する業種、内装、人物、雰囲気を指定すれば、それらしい画像をつくることができます。

だからこそ、どの画像を、何のために使うのかという判断が、以前より重要になっています。画像を簡単につくれること自体は、販促資料の品質を保証しません。

資料と現地のギャップが、内覧者を失望させる

資料の中では、美しい店舗やオフィスの完成イメージが並んでいる。しかし、実際に現地へ行くと、築年数を感じる外観、暗い共用部、古い設備、使いにくい間取りがそのまま残っている。そのとき、内覧者はどう感じるでしょうか。

イメージ画像であることが明記されていれば、法的な意味で必ずしも誇大広告ではないかもしれません。しかし、営業としては成功とは言えません。資料によって期待値を必要以上に高めた結果、内覧者は物件そのものを冷静に評価する前に、「資料と違う」「思っていたより悪い」と感じるからです。

本来であれば許容された可能性のある古さや設備上の弱点まで、資料との落差によって大きな欠点に見えてしまいます。販促資料は、内覧時にお客様を驚かせるためのものではありません。適切な期待値をつくり、現地を見たときに、「資料で見たとおりだ」「この条件なら使えそうだ」と納得してもらうためのものです。

期待値を上げすぎることは、内覧件数を一時的に増やす可能性はあります。しかし、内覧後の失望が増えれば、成約率は下がります。問い合わせや内覧の数だけを追うのではなく、適切な検討者に来てもらうことが重要です。

生成画像は、現実を隠すためではなく可能性を伝えるために使う

生成画像は、物件の現実を隠すために使うものではありません。その物件で、どのような使い方ができるのかを具体的に補足するために使うべきです。

店舗物件であれば、実際の間口、天井高、窓、柱、水回り、厨房位置、客席数などを踏まえて、現実的なレイアウトを示す。オフィスであれば、実際の柱位置、窓面、入口、給湯室、トイレの位置などを反映し、何席置けるのか、会議室をいくつ確保できるのかを見せる。ショールームであれば、間口と奥行きを活かし、現実的な展示方法を提示する。

その物件の条件と接続された画像であれば、借り手にとって有益な判断材料になります。ただし、生成AIで画像をつくる場合にも、誰かが物件の特徴や設備条件を理解し、生成する内容を決めなければなりません。

AIに「おしゃれな店舗にしてください」と指示するだけでは、実際の物件とは無関係な理想空間ができるだけです。生成画像を生かすか殺すかを決めるのも、デザイン技術ではなくディレクションです。

店舗物件は、目と鼻の先でも決まりやすさが変わる

店舗物件は、極めて繊細です。同じ駅、同じ通り、目と鼻の先にある二つの物件でも、一方はすぐに決まり、もう一方は長期間空室になることがあります。不動産営業の現場では、決して珍しいことではありません。

数十メートルの差で、人の流れが変わります。駅から歩いたときに自然に視界へ入るか、道路を渡る必要があるか、建物の間口が見えるか、看板を出せるか、建物が少し奥まっていないか、入口が分かりやすいか。周辺にどのような店舗があるか、昼と夜で人の流れがどう変わるか、平日と休日で客層がどう違うか。地図上ではほとんど同じ場所に見えても、店舗としてはまったく違う市場になることがあります。

一般的なマーケティングでは、商圏、ターゲット、競合、通行量などを分析します。しかし、店舗リーシングの現場では、それに加えて、数メートル単位の視認性、導線、入口の向き、階段の位置、看板の見え方など、極めて具体的な条件を判断する必要があります。

この感覚は、一般的な販促資料をつくってきたデザイナーが、物件概要と写真を見ただけで理解できるものではありません。

店舗物件は、少し賃料を下げれば決まるほど生やさしくない

店舗物件は、分譲マンションのように、少し価格を調整すれば検討者が増えるというほど生やさしいものではありません。その場所で商売が成立しなければ、賃料を少し下げても意味がないからです。

月額賃料が数万円安くなっても、視認性が悪く、来店が見込めず、客の導線から外れていれば、借り手は出店を決断できません。反対に、多少賃料が高くても、人の流れに乗り、看板が見え、商売が成立する可能性が高ければ借り手は検討します。

店舗リーシングでは、価格より先に、その場所で事業が成り立つかどうかが問われます。決まりにくい店舗物件に対して、賃料を下げる、広告量を増やす、資料を派手にするという対応をしても、本質的な解決にならないことがあります。

必要なのは、その物件がどの業種なら成立するのかを見極めることです。飲食店には向かなくても、予約制のサービス店舗なら成立するかもしれません。物販には弱くても、ショールーム、スクール、スタジオ、サロンなど、目的来店型の業種なら使えるかもしれません。通行量が少なくても、顧客が場所を調べて訪れる業種なら、問題にならないことがあります。

反対に、人通りが多くても、間口が狭く、看板が見えず、入口が分かりにくければ、衝動来店型の店舗には向かないことがあります。物件の弱点をすべて消そうとするのではなく、その弱点を問題としない借り手を見つける。それが店舗リーシングの重要な考え方です。

店舗物件は、設備条件でも決まりやすさが変わる

店舗物件は、立地だけで決まるわけではありません。設備条件も成約を大きく左右します。

給排水、ガス容量、電気容量、排気、空調、防水、厨房区画、トイレ、水回りの位置など、一つの設備条件によって内装工事費が大きく変わります。給排水が厨房を設けたい場所から遠い、排水勾配が取れない、排気経路が確保できない、電気容量が足りない、ガスが引けない、トイレの位置が客席や動線を大きく制限している。こうした問題があると、賃料が安くても、借り手にとって安い物件にはなりません。

追加工事費が大きくなれば、初期投資の総額は高くなります。店舗の出店者が見ているのは、月額賃料だけではありません。内装工事費、設備工事費、開業までの期間、営業開始後の使いやすさまで含めて判断しています。

設備条件によって、募集できる業種そのものが変わることもあります。重飲食には向かないが軽飲食なら可能、美容室には給排水位置が合わないが物販であれば問題がない、クリニックには電気容量が不足するが予約制のサービス店舗なら使える。設備を理解せず、幅広い業種に向くような募集資料をつくれば、問い合わせは増えても成約にはつながりません。

水回りの位置を失敗している設計もある

店舗物件では、水回りの位置がリーシングの成否を左右することがあります。厨房、美容室のシャンプー台、クリニックの処置室など、水を使う場所は業種によって異なります。

それにもかかわらず、給排水の立ち上がりやトイレの位置が、実際の店舗レイアウトを十分に考えずに決められていることがあります。厨房を置きたい場所と給排水が遠く、床上げが必要になる。排水勾配を取るために、客席部分まで床を上げなければならない。トイレの位置によって、客席と厨房の動線が交差する。図面上では問題がないように見えても、店舗として使おうとすると大きな制約になります。

水回りは、後から簡単に動かせるものではありません。構造、配管経路、下階の用途、防水、工事区分など、多くの条件が関係します。そのため、設計段階で店舗リーシングの視点が欠けていると、完成後に長く影響が残ります。

設計士が店舗リーシングに詳しいとは限らない

設計士は建築の専門家ですが、すべての設計士が店舗リーシングやテナント工事に詳しいわけではありません。法規上、構造上、建築上は成立している。図面も綺麗にまとまっている。しかし、実際にテナントが店舗として使うことを考えると、極めて使いにくいことがあります。

厨房を設けたい場所に給排水がない、排気ダクトを通せない、水回りの位置が悪く客席を十分に確保できない、柱やトイレの配置によって店舗動線が分断される。設計士が建築としての合理性を優先し、テナントの工事費、営業動線、客席効率、業種ごとの設備要件を十分に想定していなければ、リーシングしにくい物件が出来上がることがあります。

建築設計として整っていることと、店舗として借りやすいことは、必ずしも同じではありません。営業、設計、設備、内装が分断されると、完成後に募集の難しさが表面化します。そして、完成後に販促資料を格好良くしても、この設計上の問題は解決できません。

むしろ、理想的な店舗イメージを見せすぎれば、実際にレイアウトを検討した段階で設備上の制約に気づき、失望を大きくします。

オフィス物件も、賃料と駅距離だけでは決まらない

店舗ほど立地と売上が直接結びつかないため、オフィス物件のほうが簡単に見えるかもしれません。しかし、オフィスも難しいものです。

一般には、最寄り駅、駅からの距離、賃料、面積、築年数を比較すれば、ある程度は判断できると思われがちです。しかし、同じ駅から同じ徒歩分数、同じ賃料水準、同じ面積帯のビルでも、決まりやすい物件と決まりにくい物件があります。

その違いは、募集図面に並ぶ数字だけでは分かりません。エントランスの印象、共用部の清潔感、エレベーターの台数、ビル内の入居企業、室内の形状、柱の位置、窓面、天井高、空調方式、トイレの配置など、多くの要素が影響します。

さらに、企業ごとに物件を選ぶ基準が違います。来客の多い会社と少ない会社、採用を重視する会社と賃料を最優先する会社、全員出社の会社とリモートワーク中心の会社、夜間や休日にも稼働する会社。一つの資料で、すべての企業に同じ魅力を訴えても響きません。

オフィスは、働く場所であると同時に会社の顔である

オフィスは、従業員が毎日働く場所です。同時に、取引先、採用応募者、金融機関、株主などが、その会社を判断する場所でもあります。

そのため、面積が足りていて、賃料が予算内ならよいというものではありません。エントランスの印象、共用部の清潔感、受付を設置できるか、来客動線と執務動線を分けられるか、ビル名や所在地が企業イメージに合うかといった要素も判断材料になります。

営業担当者が「駅から近く、賃料も安いから決まる」と考えていても、借り手側は、採用に不利ではないか、取引先を呼びにくくないか、社員が働き続けたいと思える環境かという視点で見ています。オフィスは、単に床を貸す商品ではありません。企業の信用、採用、働き方、業務効率に関わる経営資源です。

同じ面積でも、実際に使える広さは違う

オフィスでは、募集面積が同じでも、実際に使える広さは大きく異なります。柱が多い、室内が細長い、窓面が少ない、入口の位置が悪い、室内に段差がある、給湯室やトイレが専有部内にあり、執務に使える面積が少ない。数字上は同じ五十坪でも、四十人が無理なく働ける物件もあれば、同じ人数を入れると窮屈になる物件もあります。

借り手が知りたいのは、単に何坪あるかではありません。何席置けるのか、会議室をいくつ取れるのか、受付、休憩スペース、倉庫を確保できるのか、部署ごとのゾーニングができるのか。営業担当者が坪数だけで競合物件を比較すると、こうした差を見落とします。

販促資料では、面積の数字を大きく載せるだけでなく、その区画を実際にどう使えるのかを伝える必要があります。

レイアウト効率が実質的な賃料を変える

賃料単価が安いオフィスでも、レイアウト効率が悪ければ、実質的には安いとは限りません。柱や動線によって使えない面積が多ければ、必要な席数を確保するために、より広い区画を借りなければならないからです。

反対に、賃料単価が多少高くても、整形で柱が少なく、無駄なく席を配置できる物件なら、必要面積を小さくできる場合があります。坪単価だけを比較して「この物件は安い」と伝えても、借り手にとって重要なのは、毎月いくらを支払い、何人が快適に働けるかです。

オフィスの経済性は、賃料単価だけでは判断できません。レイアウト効率、共益費、光熱費、内装工事費、原状回復費、移転後の業務効率まで含めて考える必要があります。このような違いを理解せずに、賃料の安さだけを強調しても、企業の移転判断にはつながりません。

オフィスも設備条件に左右される

店舗ほど目立ちませんが、オフィスでも設備条件は重要です。空調が個別方式なのか、中央方式なのか、時間外空調に追加料金がかかるのか、休日にも自由に使用できるのか、電気容量は十分か、インターネット回線を引きやすいか。

映像制作、設計、開発など、多数のパソコンやモニターを使う企業では、大きな電力や安定した通信環境が必要になります。サーバーを設置する企業では、電源、空調、床荷重なども問題になります。

物件としては一般的なオフィスでも、借り手の業務内容によっては設備が合いません。営業担当者が設備条件を理解せず、どの企業にも向くように募集すれば、問い合わせはあっても、具体的な検討段階で断られることになります。

トイレやエレベーターも、成約を左右する

オフィスの募集資料では、トイレ、エレベーター、共用部などは、物件概要の一項目として小さく扱われがちです。しかし、借り手にとっては毎日使う重要な設備です。

男女別トイレか、専有部の外にあるか、清潔に管理されているか、社員数に対して数は足りるか。エレベーターは何台あるか、朝や昼休みに混雑しないか、荷物の搬出入に使えるか。

社員数の多い企業では、エレベーターの待ち時間やトイレの数が、物件選定の決定要因になることがあります。こうした条件は、派手なデザインや美しい完成イメージでは補えません。

採用力という視点も欠かせない

オフィス移転では、採用への影響も重要です。駅から近いか、複数路線が使えるか、周辺に飲食店があるか、ビルの外観やエントランスに清潔感があるか、応募者が働きたいと思える場所か。

経営者にとっては合理的な物件でも、採用担当者や従業員から見れば魅力がないことがあります。反対に、多少賃料が高くても、採用に有利で、社員の定着につながるなら、企業はその差額を受け入れる場合があります。

オフィス物件の価値は、賃料だけでは測れません。人材を採用し、定着させ、会社の信用を高める効果まで含めて判断されます。この視点を持たずに、賃料の安さや駅距離だけを強調しても、採用を重視する企業には響きません。

オフィス移転には複数の意思決定者がいる

オフィス物件の難しさは、物件を選ぶ人が一人ではないことにもあります。経営者は賃料、企業イメージ、将来の事業拡大を見ます。総務担当者は使い勝手や管理面を見ます。人事担当者は採用や通勤利便性を見ます。情報システム担当者は電源や通信環境を確認します。従業員は働きやすさや周辺環境を気にします。

さらに、取締役会、親会社、金融機関などの承認が必要なこともあります。一人の担当者が気に入っても、別の関係者が反対すれば決まりません。

だから、オフィスの販促資料では、格好良い写真を見せるだけでは足りません。賃料、面積、設備、アクセス、レイアウト、採用、信用、将来の拡張性など、複数の意思決定者が必要とする情報を整理する必要があります。資料が社内検討に使われることまで想定しなければならないのです。

将来の増員や縮小も考える必要がある

オフィスは、現在の社員数だけで選ばれるものではありません。今後、人員を増やすのか、縮小する可能性があるのか、部署を増やすのか、会議室を増やすのか、フリーアドレスを導入するのか。企業の将来計画によって、必要な物件は変わります。

現在はちょうどよい面積でも、数年後には狭くなるかもしれません。反対に、大きすぎる物件を借りれば、使わない席や空間のために賃料を払い続けることになります。

同じビル内で増床できるか、区画の分割や統合がしやすいか、契約条件に柔軟性があるか。こうした点も、企業にとって重要な判断材料です。物件の現在だけでなく、借り手の将来まで考えて提案することが、オフィスリーシングには求められます。

原状回復や内装工事も判断材料になる

オフィス移転では、入居時の内装工事だけでなく、退去時の原状回復費用も判断材料になります。指定工事業者しか使えない、工事費が高い、原状回復の範囲が広い、退去予告期間が長い。こうした条件は、表面上の賃料には現れませんが、企業の総負担を大きく左右します。

居抜きで使えるのか、既存内装を活用できるのか、入居工事にどのくらいの期間がかかるのかによっても、移転コストは変わります。見栄えの良い完成予想画像を載せるよりも、既存内装をどのように活用できるか、現実的な工事範囲はどこまでかを伝えたほうが、借り手にとって価値がある場合があります。

オフィスも、一般的なマーケティングだけでは決まらない

オフィスは店舗ほど売上と立地が直接結びつかないため、比較的簡単に見えるかもしれません。しかし実際には、賃料、面積、設備、働き方、採用、信用、業務効率、将来計画、契約条件など、多くの要素が複雑に絡み合います。

しかも、企業ごとに優先順位が違います。駅近を最優先する企業もあれば、賃料を抑えたい企業もあります。採用を重視する企業もあれば、来客の少ない企業は外観やエントランスをあまり気にしないかもしれません。社員の出社が少ない企業には、従来型の広いオフィスが不要な場合もあります。

すべての企業に向けて同じ魅力を訴える資料では弱いのです。誰に向いた物件なのかを見極め、その企業にとっての価値を選び、伝える必要があります。オフィス物件も、綺麗な資料をつくれば決まるほど単純ではありません。物件と企業の経営課題を結びつけるディレクションが必要なのです。

デザイナーへ販促資料を丸投げしてはいけない

営業担当者は、不動産営業を知らないデザイナーへ販促資料を丸投げしてはいけません。もちろん、デザイナーに制作を依頼することが悪いのではありません。プロのデザイナーには、情報を整理し、視線の流れをつくり、文字や写真を見やすく配置し、紙面の完成度を高める力があります。

問題は、営業担当者がリーシング戦略を考えず、物件写真と概要だけを渡して、資料の方向性まで任せてしまうことです。不動産営業に詳しくないデザイナーは、一般的なマーケティングや広告制作の考え方で、できるだけ綺麗で格好良い資料をつくろうとします。

しかし、誰に貸したいのか、どの業種なら成立するのか、何が成約の障害になるのか、仲介会社がどの点を確認するのかを知らなければ、情報の優先順位を正しく決めることはできません。物件写真を小さくし、デザインやイメージ画像を目立たせたほうが、紙面としては綺麗になるかもしれません。しかし、物件の実態、設備条件、使い勝手が伝わらなければ、営業資料としては弱くなります。

デザイナーが悪いのではありません。リーシング戦略を渡さず、営業成果までデザイナーに期待することが間違っているのです。

見栄えが綺麗でも決まらない責任は営業担当者にある

デザイナーへ依頼した資料の見栄えが綺麗でも、物件が決まらない。そのとき、デザイナーの力不足だと考える営業担当者がいるかもしれません。

しかし、リーシング戦略、ターゲット、訴求点、情報の優先順位、使う写真や生成画像の目的を営業側が示していなければ、その責任は営業担当者にあります。

営業担当者が考えるべきことは明確です。この物件は誰に貸したいのか、どの業種なら成立するのか、競合物件との差は何か、立地や設備の弱点をどのような相手なら許容できるのか、どの写真を大きく使い、どの情報を先に見せるのか。

生成画像を使うのであれば、何を補足するために使うのか、現実と矛盾していないか、内覧後の失望を招かないか。オフィスであれば、どの企業規模、働き方、採用方針に向くのか。店舗であれば、どの業種、営業形態、客の来店方法に向くのか。こうした要件まで、営業側が判断する必要があります。

見せ方の方針を決めるのは営業担当者です。デザイナーの役割は、その方針を紙面として可視化することです。

営業担当者が決め、デザイナーが可視化する

営業担当者とデザイナーは、どちらが上という関係ではありません。役割が違います。

営業担当者は、物件、市場、競合、借り手、仲介会社、設備、契約条件を理解し、誰に何を伝えるかを決める。デザイナーは、その内容を、読みやすく、美しく、伝わりやすい形へ整理する。

営業担当者が戦略をつくり、デザイナーが戦略を可視化することで、初めて販促資料として機能します。営業担当者がデザイン作業まで全部自分で抱え込む必要はありません。しかし、プロに任せるからといって、内容、構成、写真の選定、訴求点まで放棄してはいけません。

資料制作を外注しても、リーシングの責任まで外注することはできません。

不動産販促資料は、物件を飾るためのものではない

不動産販促資料は、物件を派手に飾るためのものではありません。借り手や買い手が、その物件で事業を成立させられるか、自分に合った物件かを判断するための営業ツールです。

物件の弱点を隠し、誰にでも魅力的に見せる必要はありません。むしろ、どの相手にとって価値があるのかを絞り、その相手が必要とする情報を正確に伝えるほうが重要です。

誰にでも良く見える資料より、特定の相手が「これは自分に合う」と判断できる資料のほうが、成約につながります。店舗であれば、その場所と設備で商売が成立する業種を伝える。オフィスであれば、その区画が企業の働き方、採用、経営課題にどう合うかを伝える。一棟ビルの販売であれば、収益性だけでなく、管理状態、将来の修繕、テナント構成、バリューアップの可能性を伝える。

資料の役割は、物件を隠すことでも、飾ることでもありません。物件と借り手、買い手の接点を見つけ、その理由を正確に伝えることです。

デザインは不要なのではない

ここまで書くと、「不動産販促資料にデザインは不要なのか」と思われるかもしれません。そうではありません。デザインは重要です。

暗く歪んだ写真、読みにくい文字、小さすぎる図面、整理されていない情報では、物件の価値は伝わりません。どれほど優れたリーシング戦略があっても、それが読み手に伝わらなければ意味がありません。

デザインは、戦略を伝えるために必要です。ただし、デザインが戦略に代わることはできません。何を伝えるかが決まっていない資料を、見た目だけ整えても、営業成果にはつながりません。

デザインは主役ではありません。リーシング戦略を伝えるための手段です。

不動産販促資料はディレクションで決まる

不動産販促資料で最も重要なのは、紙面を綺麗にすることではありません。ターゲットを決め、物件の強みと弱みを整理し、競合との違いを見極め、立地や設備を踏まえて、誰に何を伝えるかを決めることです。

店舗物件は、目と鼻の先でも決まりやすさが変わります。賃料を少し下げれば決まるほど単純ではありません。水回り、給排水、排気、電気容量などの設備条件や、設計段階の判断がリーシングを左右します。

オフィス物件も、駅距離、賃料、面積だけでは決まりません。レイアウト効率、共用部、設備、採用力、企業イメージ、複数の意思決定者、将来の増員、内装工事、原状回復まで、多くの条件が絡みます。

こうした不動産特有の事情を理解せず、一般的なマーケティングや広告の考え方だけで綺麗な資料をつくっても、物件は決まりません。

営業担当者がリーシング戦略を考え、ターゲット、訴求点、情報の優先順位、写真や生成画像の使い方を決める。その設計図をもとに、デザイナーが見やすく、美しく、伝わる資料へ仕上げる。その順番が必要です。

営業戦略のない資料を、デザインだけで救うことはできません。どれほど格好良い資料でも、物件の実態と借り手や買い手の判断に結びついていなければ、決まる資料にはなりません。

だから、不動産販促資料は「デザイン」より「ディレクション」で決まるのです。
そして、そのディレクションに責任を持つことこそが、不動産営業担当者にしかできない、最も重要な仕事なのです。

最後に~では今後はどうなるか?

ここまで営業担当とプロデザイナーの役割分担を書いてきました。
しかし、AIの進化は劇的です。

パワーポイントで販促資料をデザインする、といったAIの生成機能が進化し、デザインクオリティがさらに高まれば、今後は、営業担当者自身が生成AIを使いこなして、自分で作れるという人でなければ務まらない職種になるかもしれません。
ドキュメンテーションとして、重要事項説明と、契約書を作るというだけの担当者ではなく、販促資料も自ら作れて当たり前、という時代になるかもしれません。

それとも、今後もかわらず、従来通りの業界として続いていくのか、果たしてどうなるのでしょうか。
こればかりは、誰にもわからない、それが不動産業界という特殊な業界です。

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